<本書「まえがき」から>
「できるって言ったのはオマエじゃないか!」
容赦ない上司の叱責が、肩をガチガチに硬直させ、ひたすらあやまり続ける彼に烈火のごとく浴びせられる…。
数日前、上司から依頼された仕事に「はい。かしこまりました」、そう言って引き受けたものの、期日までに仕上がらなかったのだ。
うな垂れた背中から、瞬く間に紅潮する彼の頬がのぞく。
そんなとき、上司に向かって逆恨みし、「何をエラそうに言いやがって!無理難題を押し付けるからだ!」と相手を責めて、食ってかかるくらいならまだマシだった。
非情な言い方を徹底的にされても、彼は上司を責めず、自分を責めた。
「なんてオレは駄目なんだ……」彼は、また今日も激しく落ち込むのであった。
彼は苦しんでいた。彼の名は、小野辰男さん。
彼を苦しませていたのは「職場の人間関係」の悩みである。やり場もなく押さえ込まれた憤りは、強烈なストレスとなり、彼の心を蝕んでいった。
大手金融会社に就職して9年。32歳。7年前に結婚した一つ年下の奥さんとの間には、5歳の息子が一人。
どこにでもいる、真面目で健全なイメージのごく普通のサラリーマンである。
小野さんの職場の支社には50人くらいの従業員がいる。トップの支社長をリーダーの下、中間管理職。外回りをする営業担当のスタッフ。そして、事務スタッフがある。そこが彼の配属場所だった。
その事務の中を統括する課長がいて、小野さんのような一担当者と、女性の一般職がいる。
その支社の管轄のもとに、20ヵ所ほどの営業所がある。小野さんは、その営業所からのさまざまな要望に答えていく仕事だった。
小野さんが苦しんだのは、社員同士の「人間関係のもつれ」である。
彼が対応するそれぞれの営業所は、同じ社内とはいえ、競い合う意味では利害がぶつかる。その狭間に立たされて自分を見失うことだった。
たとえば、AさんとBさんの利害がぶつかる中に入る。Aさんを支持すれば、Bさんは浮かばれない、その逆も同じだ。小野さんは、Aさんにもいい顔をし、Bさんにもいい顔をする、いわゆる「八方美人」の性格。この性格が邪魔して問題の解決に至らなかったのだ。
結果的に「Aさんからも、Bさんからも信用を失ってしまう」という状態に陥り、まさに、こんがらがったヒモが解けない状態になって苦しんでいた。
「人間関係のもつれ」で強烈なストレスを抱え込んだ彼は、医者から「うつ」と診断される。そして、会社を休職。何度もそんな経験を味わった。
小野さんは、このうつ状態から自分を救うために、考えうるあらゆる方法を探し求めた。そして、私のところへ相談にやってきたのだ。
もちろん、そのときはまだ、自分に降りかかった「人間関係のもつれ」が、自分の人生を素晴らしく好転させる、何ものにも変えがたい貴重な財産になろうとは知るよしもなかった。
本書を手に取ったあなたも、多かれ少なかれ、小野さんの状況にオーバーラップする部分があっただろうか。
「いや、自分は周りと、きわめてうまくやっているよ」
そんな、順調な人間関係を築いている人には、他人事のように聞こえるかもしれない。しかし、人の心は脆(もろ)く弱いものだ。 今は飛ぶ鳥を落とすような勢いがあっても、一瞬で事態が急転することもありうるのが人生だ。
「私はうつとは無縁の性格だから」
と、感じている人でも、いつ自分に降りかかってきてもおかしくない話なのである。
もしあなたが部下をもつ身なら、いつ加害者になってもおかしくない。それが現実である。
仕事には、ストレスがつきものだ。
厚生労働省による近年の「労働者健康状況調査」では、調査対象の全労働者のうち61・5パーセントが、「仕事において強い不安、悩み、ストレスがある」と答えている。
そして、その理由として、最も多い割合を占めていたのが、
「職場の人間関係」の問題
「仕事の量」の問題、そして、
「仕事の質」の問題となっている。
そして、この三大理由のなかでも「職場の人間関係」が、仕事の不安・悩み・ストレスの最も大きな要因であるいわれている。
非常に多くの人が「職場の人間関係」に悩んでいるということなのだ。
あなたが職場にいる時間は、1日何時間だろうか。
1日のうち8時間を職場で過ごすとすれば、1日の3分の1が職場だ。睡眠が6〜7時間だったら、起きている時間の約2分の1が職場。
営業で外回り中心だったり、パートタイマーだったりして、仮に1日4時間だとしても、起きている時間の約4分の1が職場にいることになる。
ということは、あなたの人生に残された貴重な時間のうち、かなりの部分を職場で過ごす、ということになるのである。
その時間を、快適で楽しい「天国」にするか、不快で苦しく、ただ耐え忍ぶ「地獄」のような時間するか。
それは、あなたがどのように「職場の人間関係」を築くかにかかっている。それほど、「職場の人間関係」の問題にうまく対処することは重要なのだ。
人生の時間は、
「仕事をしている」か、
「遊んでいる」か、
「寝ている」か、だいたい、このどれかになる。
「遊んでいる」ときは誰でも楽しいはずだ。「寝ている」ときは誰でもリラックスしている。
だとしたら、残りの「仕事をしている」時間が快適になれば、人生のすべてが「天国」そのものになるとは思わないだろうか。
「仕事をしている」時間を快適するには、まず「職場の人間関係」を良い方向にもっていくことから始まる。
そして、この「職場の人間関係」さえうまくいくようになれば、「仕事の量」も「仕事の質」も改善されてくる。なぜなら、人間関係が良好なら、あなたに協力者が現れてくるからだ。たくさんの協力者が現れればと、それだけたくさんの知恵が出るし、力も増えるから、当然仕事のクォリティも良くなるし、スピードが速くなる。
仕事をうまくこなすことも人間関係の一種である。
上司との人間関係がうまくいかなければ、仕事すら与えられない。
もしかすると、自分が気づかないうちに、同僚から足を引っ張られている可能性もある。いくら一生懸命頑張っても、空転してしまう可能性が十分にあるのだ。
あなたが知らないところで、悪い噂を立てられていることもある。ささいな噂によって仕事上の協力者を失うことだってあるのだ。
あなたの周囲の人たちはどうですか? あなたに協力したいと思っているだろうか。それとも、あなたの 足を引っ張りたいと思っているだろうか。
あなたの会社のトップは、あなたのことをどう思っているのだろうか。
あなたの上司は、あなたのことをどう評価しているのだろうか。
先輩、同僚は? そして後輩、部下はあなたをどう思っているのか。
お客様は? 外注先は? あなたのことをどう思っているのだろうか。
ここで、よく考えてみましょう。
人間関係は、人の心をどれだけ理解しているかによって大きく左右される。
私が知っている限り、人の心の分からない人間が成功をおさめたり、仕事が順調にいっている例を見たことがない。つまり、人の心が分かる人間にならなくては、何も始まらないのである。
では、人の心が分かるにはどうしたらよいだろうか。
それは、自分の考えを重要視するのではなく、相手が何をどう考えているかに焦点をあてる。相手を理解しようとする姿勢を持ち、その術を身につけることだ。
相手が何をどう考えているのか。それを読み取る術がなければ、あなたは相手に対して一生的はずれなことをして、終わってしまうかもしれないのだ。
職場を改善するのか。上司を改善するのか。
それとも、あなた自身を改善するのか。
いずれにせよ、いまの職場の人間関係に問題があるなら、愚痴を言っているだけでは何も解決しないのだ。
「早く定時にならないかなぁ…」「早く土日が来ないかなぁ…」そんな願いしか持てないようでは寂しいじゃないか。
「早く月曜がきて、会社に行きたい!」
日曜日の夕方に、心からそう思える、そんなワクワクするような職場にしようじゃないか。
実は、どんな「人間関係のもつれ」でも、たちどころに解消できるポイントがあるのだ。
そのポイントは、「もつれ」の原因をつかみ、その上で適切な行動をとっていくということである。
では、原因をどうつかみ、どのように行動すればよいのだろうか。
それを明快に解説するのが本書である。
本書では、職場の人間関係を取り巻くさまざまな問題に、最も効果的に対処するための方法を「処方箋」としてまとめた。
これらの「処方箋」は、これまで約20年間にわたって職場の人間関係に悩む3万人以上の人々の相談にのるなかで、問題の本質をつかみ、編み出した方法である。
これらの「処方箋」をもってすれば、解決しない職場の人間関係のもつれはないと私は確信している。
それでは、究極の「職場の人間関係のトラブル解消法」をあなたに伝授しよう。
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